だるま様と御袈裟と木綿の話


  赤い張子の置物で願い事が叶うと目を書き入れる、選挙事務所などによく置いてある縁起物のだるま様は、インドから中国に禅を伝えた菩提達磨(ぼだいだるま)の形を模した置物です。

 菩提達磨は、禅宗では開祖として信仰されており、禅宗寺院には必ずといって良いほど、その像が置かれています。そうした菩提達磨像は、ギョロ目、髭、彫りの深い顔、全身を覆う御袈裟を特徴としていて、成る程よく見れば、それをデフォルメすると置物のだるま様になると納得できます。菩提達磨はインド人ですから、顔の特徴は私達がイメージするインド人のそれに似ています。また、御袈裟は多くが赤く塗られています。そのため私達は、菩提達磨は赤い御袈裟をつけていたと思い込んでいます。

 実際には菩提達磨はどのような御袈裟を身に付けていたのでしょうか。

おほよそ袈裟、そめて青黄赤黒紫色ならしむべし、いづれも色のなかの壊色ならしむ。如来は、つねに肉色の袈裟を御しましませり、これ袈裟色なり。初祖相伝の仏袈裟は、青黒色なり、西天の屈眴布なり。いま曹溪山にあり。『正法眼蔵 袈裟功徳

 ここでの初祖とは菩提達磨のことです。13世紀に道元禅師は、『正法眼蔵』の中で菩提達磨の御袈裟は青黒色の屈眴布だったと書いています。同じ内容が、『六祖壇経』や『景徳伝灯録』などの10世紀から11世紀にかけて中国で記された禅籍に出てきます。道元禅師はそれらを参考にしたのでしょう。 

 このように、かつて禅宗では菩提達磨の御袈裟は青黒色とされていたようです。

 一方、置物のだるま様が赤いのは、赤が日本では魔除けの効果があり、吉兆を表すと考えられていたからのようです。お寺の菩提達磨像もその影響で御袈裟が赤く塗られたのではないでしょうか。

 しかし、実は本当に菩提達磨の御袈裟は赤かったのかもしれません。

 道元禅師は、「如来は、つねに肉色の袈裟を御しましませり」と書いています。肉色とは、その字の通り肉の色のことですが、私達がお肉屋さんで見るきれいなピンク色や赤色ではありません。古くなった肉の色のような赤黒い色のことです。今でも東南アジアの僧侶の中には、そのようなくすんだ赤色の御袈裟を身につけている僧侶達が見られます。菩提達磨がそのような御袈裟をつけていたとすれば、置物のだるま様の色もあながち間違いとは言えません。

 菩提達磨の時代は、今から1500年も前ですので、確かめる術はありません。本当のところは誰にもわかりません。

 ところで、道元禅師は菩提達磨の御袈裟は西天の屈眴(くつじゅん)布であったと書いています。屈眴布とは耳慣れない単語です。しかしこれは、今の私達にとっては身近な布なのです。屈眴布とは木綿布のことです。

 12世紀の中国の仏教辞典『翻訳名義集』には、「屈眴、此れ大細布を云う。木綿の華心を緝ぎて織り成す。」とあります。また、木綿を「或は刧貝と云う。」とあります。刧貝(ごうばい)は、サンスクリット語で木綿を意味するkārpāsaの音写で、律蔵の中で御釈迦様が定めた御袈裟に使って良い10種の衣財の1つとされています。屈眴はというと、紬木綿織を表すkuī-ktaのことだと思われます。

 木綿の栽培は、インドでは紀元前数千年前から行われていました。インドの綿織物の歴史は他の地域よりも古く、御釈迦様の時代には木綿は一般的な衣料となっていました。木綿は、麻や苧などの他の衣料用植物よりも加工が容易で、織り成せば肌触りも良く、中国や日本では木綿栽培の伝来から短期間のうちに他の衣料用植物を駆逐しました。

 ですから、インドでも木綿は衣料の主役で、御袈裟の衣財としても最も頻繁に使用されていたと思われます。菩提達磨など、インドや中央アジアから中国にやってきた僧達の御袈裟も木綿製だったことは想像に難くありません。

 一方、中国では木綿の栽培が始まるのは12世紀頃からでした。それまでは、木綿は馴染みの薄い衣料でした。木綿をよく知らなかった当時の中国僧達の中で、木綿は「屈眴」や「刧貝」とサンスクリット語の音写で記録されました。彼達にとって、インドからの渡来僧が身につけていた御袈裟は仏教の象徴でした。そして、その御袈裟の衣財である木綿もまた、その貴重さから崇敬の対象となったのでしょう。

 10世紀に編纂された『義楚六帖』によれば、屈眴は唐代(7世紀から9世紀頃)には第一布と言われていたようです。また、先に述べた通り『翻訳名義集』では、屈眴は大細布と言われています。細布とは、植物性繊維で出来た布の中で繊維が細かい高級品ことです。木綿布は大いなる布とされていたのです。それほどに木綿は、信仰上重要な衣財だったのです。

 日本に木綿栽培が伝わったのは室町時代後期で、盛んになったのは江戸時代でした。当然、道元禅師は木綿のことをよく理解することができなかったので、屈眴布と禅籍通りに記したのでしょう。

 ここでもう一度、置物のだるま様や菩提達磨像を見てみましょう。その顔つきはインド人、身につけている御袈裟もインドの御袈裟です。全身でインドから伝わった仏教を象徴しています。

 もし家にだるま様の置物や菩提達磨像があったら、そこからインド、中国、日本と伝わった仏教、そして、御袈裟を仏教の象徴として伝えてきた祖師がたに思いを馳せてみましょう。




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