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お釈迦様のことば「四馬」

  今年のお正月に山門に掲示したものですが、午年も三分の一が過ぎてしまいました。まだ間に合うと思いましたので、せっかくだかこちらにも掲載しました。 お釈迦様のことば「四馬」 ここに四頭の馬がいます。 一頭目はムチが毛が触れると走る馬、次に皮に触れると走る馬、三頭目は肉に触れると走る馬、最後は骨に触れると走る馬です。 一頭目の馬とは、人の命は限りあることを自然と知る人です。 二頭目は、年を重ねて命の短さに気付く人です。 三頭目は、病気になって自分もいずれ死のだと実感する人です。 四頭目は、死が目前に迫ってやっと死から逃れられない現実を理解する人です。 誰でも例外無くどこかで自らの命の儚さを知るのです。 そしてその時初めてかけがえのない人生を悔いなく生きる大切さがわかるのです。 この世のすべては移りゆきます。怠らず努めなさい。 令和丙午八年正月 惠林寺住職 関口興顯 合掌 四馬の教えについては、『正法眼蔵』「四馬」にあります。 四馬については、自然と知る人、他人の死で知る人、肉親の死で知る人、自分の死で知る人の四種とする解釈もあります。

お寺の藤の花です。

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  きれいに咲きました。

雑華荘厳~曼荼羅寺の藤まつりに思う

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  先日、愛知県江南市にあります曼荼羅寺公園の藤まつりに出かけました。まつりという名の通り、たくさんの屋台が立ち並び、イベントも行われ、大勢の方々が訪れ楽しむ地域を代表するフェスティバルです。園内には広さ 4,700 ㎡、最長 75 mの藤棚が常設され、紫、白、朱色も色とりどり、花房の容姿も様々、あるいは可憐、あるいは力強い藤がお客の目を楽しませていました。  ふと藤棚の足元に目を配りますと、ハルジオン、オオバコ、シロツメクサなどのいわゆる「雑草」が地面を覆っていました。このような花園であれば、「雑草」は取るものだという先入観で不思議に思っていました。  藤棚の囲いの前にある案内板に気づきました。 「藤の生育を保護するために草を取っていません」そのような文章が書いてありました。  調べてみますと、むき出しの土では、土壌が流出し栄養が失われ、保水機能も低下するので、あえて草を生やす園芸手法もあるそうです。また、土壌の微生物や動植物の生態環境を保護し、生態系全体への影響を低下させる効果もあるようです。  お寺の境内地に生える「雑草」と格闘する日常を送っている私には、思いの外にあった理由でした。 ところで、「雑草」には、「人間の手が加わった場所に発生する目的以外の植物」という定義もあるそうです。田畑や花壇、果樹園や路傍や駐車場などに生える、人間にとっては邪魔な植物です。ですが、人間にとってはというのが重要で、植物はというと、そうした人間の思惑を超えたところで精一杯生きています。  藤棚の草花も、「雑草」というフィルターを通さなければ、可愛らしい花を咲かせて私の目を楽しませますし、地に這うように広がる葉は、太陽の光を和らげ、地表の水分の蒸発を防ぎ、虫や小動物の隠れ家となり、あるいは餌となって生命を育みます。この場所を一つの舞台とすれば、それぞれが自分しか演じられない役を演じ、曼陀羅寺公園を作り上げています。   「雑華荘厳」という言葉が華厳経にあります。華も木も草も動物も虫も魚も鳥も人も山も雲も石ころも、あらゆる存在が、それぞれ他に変えられないかけがえのない生命を持ち、世界を作り上げています。それぞれがそれぞれの役をいただき、世界という舞台で主役を演じています。その時、舞台は美しく飾られ、演者達の演技に観客は心を動かされます。 し...

だるま様と御袈裟と木綿の話

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   赤い張子の置物で願い事が叶うと目を書き入れる、選挙事務所などによく置いてある縁起物のだるま様は、インドから中国に禅を伝えた菩提達磨(ぼだいだるま)の形を模した置物です。  菩提達磨は、 禅宗では開祖として信仰されており、禅宗寺院には必ずといって良いほど、その像が置かれています。そうした菩提達磨像は、ギョロ目、髭、彫りの深い顔、全身を覆う御袈裟を特徴としていて、成る程よく見れば、それをデフォルメすると置物のだるま様になると納得できます。菩提達磨はインド人ですから、顔の特徴は私達がイメージするインド人のそれに似ています。また、御袈裟は多くが赤く塗られています。そのため私達は、菩提達磨は赤い御袈裟をつけていたと思い込んでいます。  実際には菩提達磨はどのような御袈裟を身に付けていたのでしょうか。 おほよそ袈裟、そめて青黄赤黒紫色ならしむべし、いづれも色のなかの壊色ならしむ。如来は、つねに肉色の袈裟を御しましませり、これ袈裟色なり。初祖相伝の仏袈裟は、青黒色なり、西天の屈眴布なり。いま曹溪山にあり。『正法眼蔵  袈裟功徳 』  ここでの初祖とは菩提達磨のことです。13世紀に道元禅師は、『正法眼蔵』の中で菩提達磨の御袈裟は青黒色の屈眴布だったと書いています。同じ内容が、『六祖壇経』や『景徳伝灯録』などの10世紀から11世紀にかけて中国で記された禅籍に出てきます。道元禅師はそれらを参考にしたのでしょう。    このように、かつて禅宗では菩提達磨の御袈裟は青黒色とされていたようです。  一方、置物のだるま様が赤いのは、赤が日本では魔除けの効果があり、吉兆を表すと考えられていたからのようです。お寺の菩提達磨像もその影響で御袈裟が赤く塗られたのではないでしょうか。  しかし、実は本当に菩提達磨の御袈裟は赤かったのかもしれません。  道元禅師は、「如来は、つねに肉色の袈裟を御しましませり」と書いています。肉色とは、その字の通り肉の色のことですが、私達がお肉屋さんで見るきれいなピンク色や赤色ではありません。古くなった肉の色のような赤黒い色のことです。今でも東南アジアの僧侶の中には、そのようなくすんだ赤色の御袈裟を身につけている僧侶達が見られます。菩提達磨がそのような御袈裟をつけていたとすれば、置物のだるま様の色もあながち間違いとは言えま...

ハクウンボクの花が咲きました

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 お寺のハクウンボクに今年も花が咲きました。 ハクウンボクは白雲木と書きまして、小さな白い花が集まって咲くその様は、その名の通り白い雲がたなびくようです。 一瞬の満開を過ぎると、ハラハラと雪のように花びらが散り落ちます。 まるでお釈迦様涅槃の沙羅双樹のようです。 実際、地域によっては、娑羅樹の代わりに植えられているそうです。 なぜ代わりかと言うと、沙羅樹ことサラノキは、熱帯植物なので日本を含めた東アジアでは根づきません。そのため、各国の仏教徒は、沙羅双樹の代わりになる樹をお寺に植えてきました。 日本ではナツツバキが有名です。純白の花弁が儚く落ちる様子が、仏典の沙羅双樹のイメージに合ったのでしょう。 ですが、お釈迦様が亡くなられたのは旧暦2月15日ですので、ナツツバキとは開花の季節が異なります。また、花の形も大きく異なります。なぜナツツバキが娑羅樹として定着したのがわかりませんが、椿や山茶花のように無常を感じさせる散り様と、美しい目を引く白い花弁が印象的だったのでしょうか。 インドでは、3月から4月にかけてサラノキが開花します。現地では特に珍しくない樹で、建築資材にも使うほど群生し大木化しますので、一斉に白い花が落ちる姿は、雪が降るかのようです。 現地の人たちにとってはありきたりの風景ですので、世界中からお釈迦様の足跡を尋ねに来た仏教徒がありがたがっているのが不思議に見ているそうです。 恵林寺で前住職が育てているサラノキの鉢植えです。